5/17(金) 朝礼のことば

 皆さん中間試験に向けての勉強は進んでいるでしょうか? 朝から嫌なことを思い出させるな。と思った人も多いかもしれません が、今日私がお話したいのはテストの話ではありません。

 今日、お話ししたい内容は、数年前に話題になった心理学「アドラー心理学」の話です。少なからず悩みを抱える皆さんに少しでも参考になればと思いこの話題にしました。

 さて、アドラー心理学は別名「目的の心理学」、「勇気の心理学」とも呼ばれます。

 「目的の心理学」とはどういうことか。私たちの言葉・行動・感情の動きには、必ず目的が先に決まっている。その目的を達成するために、私たちは感情を作り出し、言葉を発し、行動を起こしているのだ、という考え方です。

 例えば、先ほど、私がテストの話をしたこと。それによって皆さんは気分が沈んだと感じました。しかし、アドラーに言わせれば、私がテストの話をしたから気分が沈んだのではなく、皆さんの心の中に「テストのことを考えたくない、テストから目を背けたい」という目的が先にあって、その目的を果たすために、「沈んだ気分」を作り出し、テストのことを考えないようにしているのです。

 つまり、「テストの話をきいたから無条件に気分が沈む」のではなく、テストのことを考えるのと不安になるので、テストのことは考えたくない。だから、「沈んだ気分」を作り出して、目をそむけているのです。

 ではそもそも皆さんがテストに不安を覚えるのはどうしてでしょうか?テストでいい結果が出せないと、親に怒られるから、友達に負けたくないから、成績が悪くなるから、先生に指導されるから。など誰かの評価を気にしているからではないでしょうか? 

 それに対してアドラーは「他人からの評価を気にしない勇気を持て」と教えます。これはアドラー心理学が「勇気の心理学」と呼ばれる理由です。

 アドラーは他人からの評価のために努力するのではなく、自分自身のために取り組め。というのです。テストは、誰かのために受けるのではありません。ほかでもない自分の将来のために受けるのだと考えるのです。

 結局テストの話ではないかと思ったかもしれませんが、テストに限らず、人間関係においても、このアドラーの教えは皆さん助けになるはずです。アドラー心理学に興味が湧いた人はぜひ、「嫌われる勇気」「幸せになる勇気」という本を読んでみてください。

 私は最近「嫌われる勇気」という本を読みました。あまり読書が得意でない私ですが、そのタイトルのインパクトから何気なく手に取った一冊です。後から調べてみるとこの本はエストセラーに選ばれた一冊でした。内容は、「人は変われる、世界はシンプルである、誰もが幸福になれる」と唱える哲学者をそんな詭弁は到底受け入れられないという青年が論破しようと議論を交わしていくものです。哲学云々というと、難しく考えてしまうかもしれませんが、二人の対話形式で進む議論はとても読みやすく、活字を追うのが苦手な私でもすらすら読み進めることができました。今日は、そんな本の中のある一節を皆さんにも知ってほしいと思い、紹介します。

 それは、「課題の分離」という話です。皆さんは、日常生活を送るうえで、たくさんの「課題」に直面していると思います。「課題」と言われてどんなものを思い浮かべますか?数学のプリント、英語のワーク、漢字テスト、はたまた部活動の自分の苦手なところ、といろいろ頭をよぎったのではないでしょうか。しかし、今日私が取り上げたい課題は、人間関係に関する課題です。この本によると、私たちの抱える悩みはもとをたどればすべて人間関係に関する課題であるといいます。この世にある悩みはすべて人間関係に関するものだ。とまで言い切っているほどです。さて、今皆さんの悩みは、何ですか?人間関係について悩みですか?一番に浮かんだ悩みが人間関係であれば、確かにそうだなと思ったかもしれません。でも、先ほど挙げた「宿題に関すること」が一番に思い浮かんだ人、自分の体形や容姿に関することが思い浮かんだ人、は「私の悩みは人間関係ではない」と思ったかもしれません。しかし、元をたどると人間関係の悩みなのです。「宿題や勉強が悩みの人」、あなたはなぜ宿題や勉強をしなくてはならないのですか?そんなに悩むほどならやらない方がましではないか。

 それは、「人生の嘘」という話です。この哲学者によると、私たちの発言、行動、感情には必ず、目的が存在するします。

 元号が「令和」になって初めてのテスト期間が始まり数日が過ぎました。来週にはいよいよ中間試験です。テスト勉強は確実に進んでいるでしょうか?2・3年生はこれまでの経験を生かして、早めの準備ができていますか?新1年生は中間試験がどんなもので、テスト期間に何をしていいものか、右往左往しながら勉強しているのではないでしょうか?

 そんな皆さんに私が今日お話ししたいのは、「自由とは」という話です。先日私は、ある本を読みました。その本の中にこんな一節があります。「千夏は自由だ。普通なら四苦八苦するような環境に全く負けていない。いろんなものを自由に好きになる。」

 皆さんはどんなことを感じましたか?

 私は、この一節から、自由というのは、自分の好きなこと、やりたいことだけを誰にも邪魔されずにできること、ではなく、なんでも好きになって、どんな状況をも楽しめることが本当の意味での自由なんじゃないだろうかと思いました。

 今の皆さんに置き換えてみると、テスト週間で嫌な勉強をさせられて、自分はなんて不自由なんだろう。テストなんてなくなって、自由な学校生活を送りたい。と思っているかもしれません。しかし、果たしてテストもないのが本当の意味での自由なのか

 つまり、自由とは相手に与えられるものではなく、自分自身で作り出すことができるということです。

 「課題の分離」というキーワードを軸に話していきたいと思います。

 今皆さんが直面しいる課題はテストです。中間テストでよい結果を出すという課題です。これは皆さんが避けて通れない人生の課題の一つです。当然皆さんは、この課題でよい結果を出すために毎日勉強を頑張っていることでしょう。その毎日頑張った過程に意味があり、皆さんの生きる力や自身・勇気につながっていくのです。でも、本番でいい結果が出せるだろうか、点が取れなく親や先生に怒られないだろうか、友達にバカにされないだろうか。という不安も同時に付きまとってくるかもしれません。しかし、それを決めるのはあなたの課題ではなくて、他者がどう判断するか問うことです。そしてこれは、他の誰の課題でもなく、あなた自身の課題です。ですから、あなたがその課題を自分と他者から切り離して考えなくてはなりません。テストでいい点を取ることが目的ではなく投げ出しても誰にも咎めることはできません。